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福岡高等裁判所 昭和26年(う)2088号 判決

控訴人 被告人 宗像文教

弁護人 池田純亮

検察官 藤井勝三関与

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人池田純亮の控訴趣意はその提出した控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一点について。

昭和二十三年法律第百九十七号薬事法第二十九条第一項の規定によれば、医薬品の販売業を営もうとする者は、省令の定めるところにより、手数料を納めて、店舗を有する販売業者にあつてはその店舗ごとに、配置販売業者にあつてはその営業区域ごとに、当該店舗の所在地又は営業区域を管轄する都道府県知事の登録を受けなければならない。又同法施行規則第十八条の規定によれば、右の登録を受けようとする者は、店舗の名称及び所在地又は配置販売の営業区域を記載した申請書を都道府県知事に提出しなければならない。更に薬事法第四十四条第八号の規定によれば、第二十九条に規定する店舗を有する販売業及び配置販売業以外の方法により医薬品の販売業を営むことはできないのである。これによつてこれを見れば、薬事法第二十九条第一項に規定する医薬品の販売業は、一定の店舗を有する販売業及び配置販売業に限らるるのであつて、それ以外の方法による医薬品の販売は同法の禁止するところであるから、登録の対象たるべき右条項の医薬品販売業に該当しないものといわねばならない。且つ同条項の医薬品販売業は、一定の店舗又は一定の営業区域を予定するものであるから、その業態からみても、又旧薬事法によつて廃止された薬品営業並薬品取扱規則第二十条「薬種商トハ薬品ノ販売ヲ為ス者ヲ云フ」、第二十一条に「薬種商ハ地方庁ノ免許鑑札ヲ受クヘシ」と規定されていた沿革に鑑みても、営利を目的とするいわゆる販売営業をいうものと解するのが相当である。しかるに原判決は、被告人は法定の除外事由なく且所轄知事の医薬品販売業の登録を受けないに拘らず、前後七十回にわたり肩書自宅において宗像英幸又は牟田九州男に対し注射液ホスビタン合計三六七五本(一本三瓦入)を売却し、以て医薬品販売業を営んだものである。と判示するに止り、被告人のなした医薬品販売業が一定の店舗を有し又は配置販売により営利の目的でなされた事実を判示していないのみならず、原判決に援用する証拠をみても、これらの事実が認められない。従つて原判決に判示された被告人の所為は、薬事法第四十四条第八号に違反することはあるとしても、同法第二十九条第一項に違反するものとはいえないにかかわらず、これを同法第五十六条、第二十九条第一項に問擬した原判決は、その理由にくい違いがあるから破棄を免れない。論旨は結局正当である。

よつて爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百七十八条第四号後段によつて原判決を破棄し、且つ本件は当裁判所において自判するに適しないから同法第四百条本文に則つてこれを原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷本寛 判事 竹下利之右衛門 判事 青木亮忠)

弁護人池田純亮の控訴趣意

第一点原判決は法令の解釈を誤り且つ惹いては事実の誤認があると信ずる。

薬事法第二十九条第一項には「医薬品の販売業を営もうとする者は販売業者にあつてはその店舗ごとに配置販売業者にあつてはその営業地区ごとに当該店舗又は営業地区を管轄する都道府県知事の登録を受けなければならない」と規定し且つ同法第五十六条第一項には「同法第二十九条第一項に違反した者はこれを三年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する」同法同条第二項には「前項の刑はこれを併科することが出来る」と規定して居る。

然らば本件に於て問題は被告人は果して医薬品の販売業を営んだか否かに帰着すると思う。

飜つて経済関係法規である諸法規を検討するに「業として………譲受け若しくは譲受けたるものは之々の罰則に処する」と規定して居るが薬事法第二十九条第一項は「医薬品販売業を営もうとする者は所轄知事の登録を受けなければならぬ」同法第五十六条第一項は「之に違反した者は之々の罰則に処する」と規定し「医薬品の販売業を営もうとする者は」と明記して居る。薬事法の法文の解釈及び立法の趣旨よりして薬事法の当該罰則の趣意は他の数多の経済統制関係法規の「業とする者」の趣意と自ら別の立脚点より之を解釈せなければならぬと熟く々考えさせられる。

然らば被告人は果して原判決説示の如く「医薬品販売業を営んだもの」であろうか。

検察官は原審第一回公判調書(昭和二十六年三月十七日に)によると起訴状の公訴事実を「以て医薬品を業として販売したもの」であると補充訂正して居る。そこで課題は被告人は注射液ホスピタンの販売業を営んだか否かを検討することである。

成程前示の如き数量のホスピタンを判示の如く被告人の実弟宗像英幸及輪タクの同業者牟田九州男に分譲した事は相違ない。然しそれは譲受の原価を以て一金の利得を受くることなく共儘実弟の英幸や友人の同業者牟田九州男に分譲したのである。その事実は原判決摘示の証拠である宗像英幸及牟田九州男の司法巡査に対する供述調書、被告人の原審第一回公判調書の供述を一覧すれば直ぐ判明する所である。

被告人は輪タク業を営んで居り輪タク営業は夜の仕事であり、其の一番繁昌するのは夜十二時過ぎである所謂深夜業である。その為め自然眠気がさし之を防止する為めにホスピタンを使用するようになつた。実弟の宗像英幸も友人の牟田九州男も矢張り被告人と同業の輪タク業者であつて眠気を醒す為めに被告人に頼んでホスピタンを買つて貰い被告人は買受原価一本金八円にて其儘之を右両名に分譲したのであつて一金の利得をなした訳でもなく右両名の依頼に応じ買つてやつたに過ぎず右両名に売つたと云うのは語弊があつて寧ろ原価を以て其儘分譲したものであると云うのが正しいと思う。他の経済関係統制法規では譲渡及譲受行為を処罰の目的として居るが薬事法第二十九条第一項同法第五十六条第一項は所轄知事の登録を受けずして医薬品の販売業を営んだ行為を処罰の目的として居る。従つて其の解釈も彼と是とは自ら異ると思う。然らば被告人の所為は薬事法第二十九条第一項に所謂無登録で医薬品の販売業を営んだものに該当するであろうか。

前記の如く被告人は右両名の依頼に基きホスピタンを右両名の為めに買つて遣り原価を以て一金の利益を得ることなく右両名に分譲しでやつたものであつて斯る所為を目して薬事法第二十九条第一項に謂う所の医薬品販売業を営んだものと謂う事が出来るであろうか頗る怪しいものである。医薬品販売業は少くとも営業であつてその反面には利益を目的として居ることを考えなければならない。又被告人の右所為は右両名に売つたものであると云えようか。右両名の依頼に基き買つてやつて原価で分譲したに過ぎない。之を目して医薬品販売業を営んだものとは解するに至極困難である。

被告人は薬事法第二十九条第一項に云う店舗を有せず又配置販売業者でもない。

之等の諸点を綜合して考察する時は被告人の右所為を目して同法同条所定の医薬品販売業を営んだものであるとは到底解釈なし得ない。要するに原判決は同法同条の医薬品販売営業なる文言の解釈を誤り且つその結果事実を不当に認定した違法があるものと信ずる。

結局被告人の右所為は無罪であると信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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